仕事で疲れて帰った夜、ソファに座ってスマホを見ようとしたら、わんにょむがぐいぐいと膝に乗ってきました。
「ちょっと待ってね」と言いながら、心の中で(あー、今は静かにしたいな)と思ってしまった日があります。
ある研究を読んでから、その「ベタベタくる時間」の意味が、ずいぶん変わって見えるようになりました。
ソファでひとりになりたい夜に、ぐいぐい来るわんにょむ
うちのわんにょむは、いわゆる「くっつきタイプ」の子です。
私が在宅で何か作業していると、足元から見上げてくる。 キッチンに立てば、後ろを通るたびに脚に頭を寄せる。 ソファに座ると、必ず膝の上に乗ろうとする。
かわいいんです。本当に。 でも、たまに、こちらの体力がない日があります。
カフェの仕事で立ちっぱなしの後、ソファに沈み込みたい夜。 「今日はちょっと、ひとりで休ませて」と心の中で言ってしまう瞬間。
そんなとき、わんにょむがいつも以上に寄ってきます。 膝に乗っただけじゃ満足せず、手をなめてくる。 鼻先を私の頬に押し当ててくる。
(こっち見て)(撫でて)(ねえ、こっち)
その目を見ながら、私は撫でる手は止めずに、心の中で小さく(もう少しだけ、放っておいてほしいな)と思ってしまっていたんです。
愛してないわけじゃない。むしろ大好き。 でも、疲れている日には、その「ベタベタ」がちょっとだけ重く感じることが、正直ありました。
そのあと、いつも少しだけ罪悪感がついてきました。 (こんなふうに思うなんて、ダメな飼い主かもしれない)と。
「甘えん坊」だと思っていたあの行動、たぶん意味があった
わんにょむのベタベタを、私はずっと「甘えん坊」「依存的」「気質」と片付けていました。
「うちの子、甘えん坊なんですよ」とお客さまに話しながら、ちょっと困ったように笑っていた。 そういう個性なんだろう。性格なんだろう。
でも、よく思い出すと、ベタベタが激しい日と、そうでもない日があったんです。
激しい日:私が疲れているとき、誰かと喧嘩した後、悲しい気持ちでいる夜。 そうでもない日:機嫌よく仕事をしていた日、リラックスして本を読んでいる午後。
「単なる甘えん坊」だとしたら、いつでも一定のはずです。 でも、そうじゃなかった。
そのことに気づきながら、私はずっと(うちの子は、私の何かを感じ取って動いているのかもしれない)と思い始めていました。
それでも答えはわからなくて、「気のせい」と片付けかけていたんです。
ある夜、わんにょむがいつもより強くひざに乗ってきたタイミングで、ふと検索バーに「犬 触れ合い 絆ホルモン 効果」と打ち込んでみました。
犬と人の「ベタベタ」が、文字通り体の中で起きていた
たどり着いたのは、2014年に出た研究の話でした。
ちょっとびっくりしたのは、研究の方法でした。 犬の鼻にオキシトシン(OT)というホルモンを吹きかけて、その後の行動を観察する、というものだったんです。
オキシトシンは、人間でも「絆ホルモン」「愛情ホルモン」と呼ばれるもので、母親が赤ちゃんに授乳するときや、人と人がハグするときに分泌されることで知られています。
その研究では、犬の鼻にオキシトシンスプレーを使った日と、何もしないプラセボ(中身が水)を使った日で、犬の行動を比べたんです。
結果は、ものすごく明快でした。
オキシトシンを吹きかけた犬は、
- 飼い主への「社会的な向き合い方」が増えた
- 飼い主への愛情表現の行動が増えた
- 他の犬への近づき・親密な行動も増えた
つまり、絆ホルモンが体の中にあると、犬は「人にも他の犬にも、近づきたくなる」ようになる。
ここまでなら、まあ「そういうホルモンなんだな」で済むかもしれません。
私が(あっ)と声を出しそうになったのは、その次のページに書かれていたことでした。
犬同士のソーシャルポジティブな行動の交換は、内因性オキシトシンの放出を引き起こした。
つまり、こういうことなんです。
犬が誰かにベタベタすると、その行動自体が、犬の体の中で内側からオキシトシンを放出するきっかけになる。 そして、相手にも同じことが起きる可能性がある。
——わんにょむが私にぐいぐい寄ってきていたのは、ただの「甘え」じゃなかった。
絆を作っている最中だったんです。 体の中で、文字通り。
私が疲れている夜にいつもより強く寄ってくるのは、たぶん、私の様子から何かを感じ取って、絆の回路をオンにしてくれていた。 それが、わんにょむの「ベタベタ」の正体だった。
しばらく画面を見つめながら、隣で膝に乗っているわんにょむの背中を、ゆっくり撫でました。
(重く感じてしまって、ごめんね)
そう思いながら、撫でる手のリズムが、自然と落ち着いていきました。
「ベタベタ」を、絆の時間として受け取り直す
次の日から、わんにょむが寄ってきたときの自分の反応が、少しずつ変わりました。
完全に変わったわけじゃありません。 今でも疲れている日はあるし、(ちょっと、静かにしたい)と思う瞬間もある。
でも、ベタベタの本当の意味を知ってからは、「うざい」とまでは思わなくなりました。
膝に乗ってきたら、両手で背中を撫でる。 鼻先を頬に押し当ててきたら、こっちも頬を寄せる。 手をなめてきたら、もう片方の手で耳の後ろを掻いてあげる。
そうすると、5分くらいすると、わんにょむのほうから満足したように離れて、自分のクッションで丸くなる。
前は、こちらが疲れて拒んでしまうと、わんにょむは何度も何度も戻ってきていました。 今は、しっかり受け取ってあげると、満たされた顔で離れていく。
たぶん、絆のホルモンが両側で十分に出たということなんだと思います。 時間にして5分くらいなのに、終わったあとは、私の方も少しだけ呼吸が深くなっていることに気づきました。
「整える」って、ごはんや散歩だけのことだと思っていました。 でも、わんにょむが寄ってきた時間にちゃんと応えてあげることも、たぶんお互いの心と体を整えていたんです。
今夜、ベタベタくる時間を逃さないでいたい
カフェに来てくれる飼い主さんで、似たような悩みを話してくれる方がたまにいます。 「うちの子、しつこくて」「ちょっと依存的かも」と少し困ったように。
私はその方たちに、最近こう話しています。 「もしかしたら、ベタベタきている時間が、お互いの絆を作っている時間なのかもしれないですよ」
そう言うと、その方たちは少し驚いたあと、(あ、そうかも)という顔をします。 私もずっとそうだったから、その表情が、よくわかる。
わんにょむは今夜も、私が原稿を書いているそばで、膝の上に半分体を乗せたまま寝ています。
前なら(重いな)と思ったかもしれない。 今は、(この時間が、たぶんお互いを支えている)と思いながら、片手をその背中の上に置いています。
ベタベタを「面倒」と切り捨てたら、絆を作る時間を逃しているのかもしれない。 ベタベタを「絆」と受け取れたら、その時間は両方の体を温めてくれているのかもしれない。
それを知ってから、わんにょむがぐいぐい来る夜が、少しだけ嬉しくなりました。
明日もきっと、また膝に乗ってくると思います。 そのとき、ちゃんと両手で受け取ろうと、今は思っています。