おやつの最後の一個、いつもあげていました。
「もう一個だけね」と言いながら、本当は二個目も出していた、あの手のことを覚えています。
ある研究を読んだ日から、その手が少しだけ変わりました。
カウンターの常連さんが、足元の犬を撫でながら言ったこと
カフェの開店前、常連の方がシニアの犬を連れて散歩の途中で立ち寄ってくれることがあります。
その方の愛犬は12歳のラブラドルで、足取りはゆっくり、それでもしっぽは穏やかに揺れています。お会計のついでに、「うちの子、もう12歳なんですよ」と笑いながら、足元の犬の頭をぽんぽんと撫でていました。
「健康診断、引っかからなかったんですか」と聞いたら、その方はちょっと間を置いてから、こう言いました。 「若い頃から、ずっとごはんを少しだけ少なめにしてきたんです。お腹いっぱいにはしてあげなかった」
その「少しだけ少なめ」が、ずっと頭の中に残っていました。
うちのわんにょむはまだ5歳。元気もあって、ごはんも残さない。でも、その晩、いつもの量に大盛りスプーン1杯を足した手を、私は少しだけ止めました。
「少しだけ少なめ」が、本当に何かを変えるんだろうか。 そう思いながら、結局その日はいつも通りあげてしまいました。
「ちょっと多めにあげたほうが幸せ」と、本気で思っていた
うちの子は食べることが好きです。 ごはんの音を聞くと、しっぽが床に当たって乾いた音を立てる。器を持ち上げると、すでに台所の入り口で待っている。
その姿を見ると、「あと少し、入れてあげようかな」と毎回思ってしまうんです。
「うちの犬、よく食べるんですよ」と笑って人に話していました。 食べてくれるのが嬉しい。残されるのは寂しい。だから少し多めに。
(少しくらい多くても、元気だから大丈夫だよね)
そう思いながら、おやつも一個多くあげてしまう日が続いていました。
でも、心のどこかで引っかかってもいました。 散歩の帰り、坂を上るときの息が、半年前より少し荒い気がする。 お腹の下にうっすらと、前はなかった膨らみがある。
「気のせいかな」と思いたかった。 でも、常連さんの「少しだけ少なめにしてきたんです」という言葉が、その夜から、ごはんの器を持つたびに頭をよぎるようになりました。
うちの犬は、本当に「ちょっと多め」で幸せだったんだろうか。
14年かけて調べた研究が、思っていたより重たかった
ある夜、わんにょむが寝てから、「犬 カロリー 寿命」と検索してみました。
出てきたのは、2002年に発表された研究の話でした。 14年という時間をかけて、48頭のラブラドル・レトリーバーを最後まで追いかけた長い研究です。
7組の兄弟姉妹を集めて、片方には普通のごはん、もう片方には25%少なめのごはんを与え続けたそうです。 生まれて8週目から、ずっと。
学者さんじゃないからむずかしいところはわからないんだけど、要するに「同じ親から生まれた兄弟」で比べることで、遺伝の差をなくしたかったみたいです。
そして14年後、結果がはっきり出ました。
普通に食べていた群の生きた長さは、中央値で11.2年。 少なめだった群は、中央値で13年。
その差、1年8ヶ月。
(1年8ヶ月って、人間でいうと何年分なんだろう)
ページを下にスクロールしながら、つい計算してしまいました。 シニア犬の1年8ヶ月って、たぶんすごく長い。
しかも、寿命だけじゃありませんでした。 関節の痛みが出る時期も、ぜんぜん違ったそうです。
10歳の時点で、普通に食べていた群の79%に股関節の変形が出ていた。 少なめだった群は42%。 最初に治療が必要になった年齢も、平均して3年遅かった。
——「少しだけ少なめ」は、本当に何かを変えていたんです。
しかも、寿命を延ばすという話じゃない。 「歩ける期間」「痛みが出ない期間」を、長く保っていた。
それが私には、いちばん重たく感じました。
ごはんの器を持つ前に、一呼吸を置くようになった
次の朝、わんにょむのごはんを準備しながら、いつものスプーンで量ろうとして、手が止まりました。
足したくなる気持ちは、変わらずあります。 器を覗き込んでくる目を見ると、(もう少し入れてあげようかな)と思ってしまう。
でも、「少しだけ少なめ」が、この子の歩ける時間を伸ばすかもしれないという話を読んだあとでは、その「少し」の意味がぜんぜん違って見えました。
その日から、いつもの量に足す手をやめました。 おやつを一個減らした。散歩中に通る公園で、ベンチに座って一緒に休む時間を増やした。
ごはんを器に入れる前に、一度、深く息を吸う。 そうすると、「少しでも多くあげたい」という気持ちと、「健康な体で長く一緒にいたい」という気持ちが、ちゃんと両方ある自分に気づきます。
カロリーを減らすって、愛情を減らすことじゃないんだ、と気づくのに、私はちょっと時間がかかりました。
最近、わんにょむのお腹の下の膨らみは、少しだけ減った気がします。 散歩のあとの息は、前より落ち着いている気がする。
気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃないかもしれないと思って、今は器を整えています。
今日の一皿が、来年のこの子を作っている
カフェに来てくれるあのシニアラブラドルは、今朝も常連さんと一緒に来てくれました。 お会計のときに、「うちの子、最近ごはんちょっと減らしてみてるんです」と話したら、その方は柔らかく笑って、「いいですよ。あの子、たぶんもう少し長く歩いてくれます」と言ってくれました。
その言葉を、今でも思い出します。
寿命って、なんとなく「与えられるもの」だと思っていました。 体質、犬種、運。 でも、私の手の中のスプーン1杯が、たぶんその寿命の一部を作っている。
それを知ってから、わんにょむのごはんの器を持つ手が、少しだけ丁寧になりました。
明日も、いつもの量で、いつもの時間に。 おやつは、減らした分の代わりに、撫でる時間を増やしてあげようと思っています。
「少しだけ少なめ」が、この子の歩ける明日を、ほんの少しだけ伸ばしてくれていると、今は信じています。