「心臓病は、もっと年を取ってからの話」

そう思って、わんにょむの心臓のことを、特に気にしていませんでした。

ある記事を読んで、その「もっと年を取ってから」が、思っていたよりずっと早く始まると知った日の話を書きます。


健診で「心雑音は今のところなし」と言われた朝

去年の健診で、獣医さんが聴診器を当てたあと、こうおっしゃいました。

「心雑音は今のところなしですね。問題なさそうです」

「よかったです」と私は安心して、その日はそれで終わりました。 わんにょむは5歳のトイプードル。 心臓は、たぶんしばらく心配する必要はない、と思っていました。

ところが、家に帰ってからふと考えたんです。

今のところ」と、獣医さんは言った。 それって、いつか変わるかもしれない、ということ。

その「いつか」が、自分の中ではぼんやりしていました。 10歳?12歳?14歳? 具体的な目安があるわけじゃなくて、ただ「シニアになったら気をつけよう」くらいの感覚しか持っていなかった。

カフェに来てくれる飼い主さんで、シニアの愛犬が心臓病と診断されたという話は、ときどき耳にします。 「もうこの年だから仕方ないですね」とおっしゃる方もいる。

でも、本当に「年だから」が答えなんだろうか。 もっと早くから何かサインがあったんじゃないか。 そういう問いを、ずっと自分の中で持て余していました。


「お薬を飲み始めた」と話す常連さんが、最近増えてきた

最近、カフェに来てくれる方の話で、愛犬の心臓薬について聞くことが増えました。

「うちの子、心雑音が出てきて、お薬を飲み始めて」 「健診で『そろそろ気にしましょう』って言われたんですよ」

その方たちの愛犬は、けっこう若い子もいます。 8歳、9歳、10歳。 「もう老犬」というには、まだ早い感じの年齢。

(あれ、心臓病って思ったより早く来るのかな)

なんとなくそう思いながらも、わんにょむはまだ5歳だから、まだ先のことだろうと思っていました。

でも、それでも、何かが引っかかる。 私が「まだ先」と思っているこの感覚が、もしかしたらちょっと油断しているのかもしれない。

そう思って、ある夜、検索バーに「犬 心臓病 始まる 年齢 何歳から」と打ち込みました。


「5〜8歳で10頭に1頭」という、ちょっと衝撃の数字

たどり着いた記事に、心臓病の中でも犬で最も多いという「MMVD(粘液様僧帽弁疾患)」のことが書いてありました。

俗に「漏れている心臓弁」と呼ばれる病気で、年齢とともに心臓の弁が変性して、血液が逆流するようになっていくものだそうです。 進行すると、心不全につながる可能性もある。

私の目が止まったのは、その有病率の数字でした。

5〜8歳の犬の、およそ10頭に1頭がMMVDに罹患している。 13歳以上では、3頭に1頭にまで増える。

5歳ですでに10頭に1頭。

うちのわんにょむは、ちょうどその年齢。 ということは、わんにょむの周りで5歳のトイプードルが10匹いたら、そのうちの1匹はすでにMMVDの初期段階にいるかもしれない、ということ。

「シニアの病気」だと思っていたものが、実はもう始まっている可能性のある病気だった。

しかも、MMVDは生まれつきのものじゃなくて、徐々に進行する病気だと書いてありました。 ムコ多糖類(結合組織の構成要素)が弁に蓄積していって、弁を厚く、形が崩れた状態にしていく。 血液が逆流して、その勢いで「心雑音」として聴診器に聞こえてくる。

——「心雑音は今のところなし」とあの日言われたのは、ありがたいことだった。 でも、それは「ずっとなし」を保証してくれているわけじゃなかった。

しばらく動けませんでした。


「年1回の聴診」を、私の中で軽く見ていた

これまで、わんにょむの健診は「予防接種のついで」みたいな感覚で受けていました。

血液検査も、聴診も、体重測定も。 「健康だから、たぶん大丈夫」と思いながら、ちょっと流し気味に聞いていた。

でも、MMVDのことを知ってからは、その聴診の重みが変わりました。

5歳ですでに10頭に1頭がMMVDの初期段階にいるとしたら、毎年の聴診こそが、「初期発見」の唯一のチャンスかもしれない。 早く見つかれば、治療や管理で進行を遅らせられる可能性が高くなる。

「症状が出てから」じゃなくて、「症状が出る前に、年1回の聴診で見つける」。 それが、私が今わんにょむのためにできる、いちばん大事なことだった。

それから、私は獣医さんの健診のときに、必ず「心臓は今のところどうですか?」と聞くようにしました。 聴診器を当ててもらっている時間を、これまでよりじっくり待つようになった。

「今のところ大丈夫です」と言われたら、心の中で(来年もまた、ちゃんと聞いてもらおう)と思う。

そうすると、わんにょむの胸の動きを、これまでより愛おしく感じるようになりました。 聴診器を当てている数十秒のあいだ、わんにょむは少し緊張した顔をしているけど、その心臓は、いまもちゃんとリズムを刻んでいる。

それが、当たり前じゃなかったんだ、と気づくのに、私はちょっと時間がかかりました。


「いつか」を、もう少し近くに置いて生きていきたい

カフェに来てくれる飼い主さんで、「うちの子はまだ若いから心臓は心配してない」と話す方には、最近こうお伝えしています。

「5歳から10頭に1頭が、心臓病の初期段階に入るそうですよ」と。

驚かれることが多いです。 「えっそんなに早く?」「うちの子もそろそろなんですね」と。

私もずっと「シニアの病気」だと思っていたから、その表情がよくわかります。

5歳って、人間でいえばまだ30代みたいなイメージだった。 でも、犬の世界では、もう体の中でいろんな変化が始まる年齢でもあった。

それを知ってから、わんにょむの胸を撫でるとき、ちょっと意識が変わりました。 「いつかこの心臓も変わる日が来るかもしれない」と思うことが、悲しくない。 むしろ、「だから、今このリズムを聞いていたい」と思う。

明日の朝、わんにょむのいつもの「お腹減ったよ」の吠え声を聞いて、起きると思います。 その吠え声を支えているのは、たぶんこの子のリズムある心臓。

それが当たり前じゃないことを、知ってよかった、と今は思っています。