カフェの常連さんが、カウンター越しにわんにょむを撫でてくれた瞬間がありました。
そのとき、隣の席で寝ていたはずのうちの子が、目を開けて、まっすぐにこっちを見ていたんです。
その視線を、ずっとどう呼んでいいかわからずにいました。
カウンターの向こうで、わんにょむを撫でた手のこと
私が働いているカフェのカウンターには、わんにょむ用の小さなクッションを置いています。営業中はそこで寝ているのが定位置で、お客さまの顔ぶれもだいたい覚えているみたいです。
常連の方の中には、わんにょむのファンが何人かいて、お会計のついでに頭を撫でてくれることもあります。わんにょむは目を細めて受け取って、また同じ場所で丸くなる。それがいつもの流れでした。
ある朝、いつも来てくれるお客さまが、もう一頭の小さな犬を腕に抱えて入ってきました。「最近うちに迎えたんですよ」と笑いながら、その子を私に見せてくれました。
その方は、片手でその犬の背中をなでながら、もう片方の手を伸ばして、わんにょむの頭にぽんと置いたんです。
その瞬間、わんにょむの目が開いて、まっすぐにその犬の方を見ていました。
吠えるでもなく、唸るでもなく。ただ、じっと見ている。 それから、ゆっくり起き上がって、その方の腕に抱かれた犬と、その方の手の上に置かれた自分の頭の間に、自分の体をすべり込ませてきました。
「あら、やきもち?」と、お客さまが笑いました。 私は曖昧に「どうなんでしょうね」と答えながら、内心で(やきもちって、こういう感じなのかな)と思っていました。
あれは嫉妬なのか、ただの割り込みなのか、ずっとわからなかった
家でも似たようなことがあります。
ソファでスマホを見ているとき、画面の中の動画に笑っただけで、わんにょむが膝に乗ってきて画面を体でふさぐ。電話で長く話していると、足元から私の足首を前足でちょんちょん叩いてくる。
「やきもち焼きなんですよ」と人に話すと、たいてい「かわいい」と笑ってもらえます。 でも本当のところ、私はその言葉に少しだけ引っかかっていました。
だって、犬がやきもちを焼くというのは、人間の感情を勝手に当てはめているだけかもしれない。 ただ単に、自分にかまってほしいだけかもしれない。 ただの「邪魔」を、私が「嫉妬」と呼びたがっているだけかもしれない。
そういう気持ちが、ずっとどこかにありました。
特に困ったのは、わんにょむの視界に入っていない場所での出来事にも、後から反応しているように見えたことです。
カウンターの奥で、私がちょっとだけ別のお客さまの飼い犬としゃがんで遊んでいて、戻ってきたら、わんにょむがこちらに背中を向けて寝ていた朝。 たまたまかもしれないと思っていました。 でも、何度か繰り返すと、たまたまにしては多すぎる気がして、(気のせいかな)と頭の中でつぶやくのも、だんだん難しくなっていきました。
その問いに、ある夜、思いがけず答えが出ました。
見えない場所でも、愛犬は想像していた
犬の嫉妬って、本当にあるのかな。 そう調べ始めたのは、わんにょむが寝てしまった後の、静かな夜でした。
学者さんじゃないからむずかしい話はわからないんだけど、要するに「これは嫉妬なのか、ただの注目要求なのか」をちゃんと切り分けたかった研究者たちがいたみたいです。
2021年に発表された、ある研究にたどり着きました。 18頭の犬を集めて、こんな実験をしたんです。
飼い主のすぐ隣に、本物そっくりの「偽の犬」を置く。 そして飼い主に、その偽の犬を撫でさせる。 そのときの、本物の犬の反応を観察する——という流れです。
比較として、飼い主が「フリースの円柱(つまり、犬の形をしていないただの物体)」を撫でているときの反応も見ました。
結果、犬たちは飼い主が「偽の犬」を撫でているときだけ、ぐいぐいリードを引いて間に入ろうとしたそうです。フリースの円柱のときには、ほとんど反応しなかった。
ここまでなら、まあ「相手が犬っぽいから反応した」とも言えそうです。
私が思わずスマホを握り直したのは、その次のページでした。
研究者たちは、もうひとつ別の場面を作りました。 飼い主と「偽の犬」のあいだに衝立を立てて、本物の犬からは何が起きているか見えない状態を作ったんです。 そして、その状態でリードの張りを測った。
衝立の向こうで何が起きているかは、見えていない。 それでも本物の犬たちは、ぐっとリードを引いていたそうです。
つまり、こういうことなんだと書いてありました。
犬は、目の前で起きていることに反応しているだけじゃない。 見えない場所で、自分の飼い主と「ライバルになりうる相手」のあいだに何が起きているかを、頭の中で想像できる。
——うちの子は嫉妬しない、なんて、簡単に言える話じゃなかったんです。
しかも、その想像は「同じ部屋に他の犬がいる」だけでは起きませんでした。 飼い主とライバルが「やりとりしている」と推測したときだけ発動する。 ただの存在ではなく、「関係」のほうに反応していたんです。
スマホを置いて、寝ているわんにょむを見ました。 カウンターの奥でしゃがんで他の犬と遊んでいた、あの朝の私の姿を、この子はどんなふうに想像していたんだろう。
そう思ったら、少し胸が痛みました。
あの割り込みを、笑って受け止められるようになった
次の朝、お店のいつもの席で、新しく犬を迎えたお客さまにこの話を少しだけしました。
「うちの子、見えてないところまで気にしてるみたいなんですよ」と言ったら、その方は目を丸くしてから、「ああ、それでうちの子もそうなのか」と笑っていました。 お家に新しい犬を迎えたばかりで、先住の子の様子がちょっと変わって、悩んでいたみたいです。
その日から、わんにょむの「割り込み」を見る目が変わりました。
スマホの動画に笑って体をふさがれたとき。 電話中に足首をつつかれたとき。 お客さまが撫でた手の隣に頭を差し込んできたとき。
前は(また邪魔してきた)と思っていました。 今は(あ、いま、私と画面の向こうの誰かのあいだに、自分の場所を確かめにきたんだ)と思うようになりました。
しつけ的に「割り込みはダメ」というのは、たぶん間違っていません。 でも、それを「悪い行動」として叱るのと、「想像してくれている合図」として受け取った上で別の行動を教えるのとでは、たぶん私の手つきが変わってしまうんです。
最近は、お客さまがわんにょむを撫でてくださっているときに、私が別の犬と関わる場面では、先にわんにょむの名前を呼ぶようにしています。 「ちょっと向こうの子に挨拶してくるね」と、聞こえても聞こえなくても、声をかけてから動く。
それで何かが劇的に変わったわけではありません。 ただ、「あなたの想像の中に、私はちゃんといるよ」と返事をしている感覚があります。
割り込みが完全になくなることはありません。 でも、戻ってきたあとに私の足首をつつく回数が、心なしか減った気がするんです。 気のせいかもしれない。でも、気のせいでなくてもいいと、今は思っています。
今日も、撫でる手の隣で、見ていてくれること
新しい子を迎えたあのお客さまは、今もときどきカフェに来てくれます。 腕に抱えた小さな犬と、カウンターの上のわんにょむ。 両方の頭を、行ったり来たりしながら撫でてくれる。
わんにょむは相変わらず、相手の犬と自分の頭のあいだに、すっと体をすべり込ませます。 お客さまは笑い、私も笑い、もう一頭の犬は不思議そうに首をかしげる。
その光景を見ながら、私は思うようになりました。
うちの子は、嫉妬しない子じゃなかった。 ただの邪魔でもなかった。 「あなたとあの子のあいだで、いま何が起きていますか」と、見えないところまで含めて、ちゃんと聞いている子だったんです。
それが少し重たく感じる日もあります。 そんなに見ていてくれなくていいよ、と思うこともあります。
でも、夜にソファで隣に丸まってくるわんにょむの頭を撫でながら、いつも思い出します。
この子の頭の中には、私と、私の周りで起きていることの地図がある。 そして、その地図にはちゃんと、自分の場所が描かれている。
明日もカフェの開店前に、カウンターのクッションを整えながら、声をかけることにします。 「今日もよろしくね」と、わんにょむが寝ていても、起きていても。
聞こえなくても、たぶんあの子は、想像してくれていると思うから。